未来のかけらを探して

3章・過ぎた時間と出会いと再会
―37話・仕込みなしのドッキリ―



その後、泊まった宿に併設された酒場で聞いたところによると、
バロン城は今では一部が一般開放されており、
昼間なら名簿に記名するだけで誰でも出入りが可能だという。
一時期騒ぎがあって中止されたこと以外は、
世界を救った五英雄の一員であるセシル王とローザ王妃の治世において途切れたことはないらしい。
それならと受付時間開始早々に、プーレ達はさっそく城に出向いた。
時間が早かった事もあり、名簿の記名と手荷物検査はスムーズに済んだ。
「ちょっと怖そうな兄ちゃん達がいっぱいだな。」
“見学に来てる客にまぎれて、変な事をしに来た奴が居ないか見張ってるんだろう。
怪しまれることをしなければ大丈夫だ。”
後ろ暗いところがないなら、堂々としているのが疑われない一番の自衛だ。
第一、子供ばかりのプーレ達は元からそんなに怪しい目で見られないだろう。
城の兵士が目を光らせるのは、大人の客がメインなのだから。
「そんなに悪い人が来るとは思えないけどね。
こんなに強そうな人がいっぱいいるのに。」
「やったらぜったいボッコボコだよネ。」
屈強な兵士達がずらっと並んでいる様子は、
外部の人間にはちょっと威圧感がありすぎるくらいにも思える。
国で一番大切な城を守っているのだから、当たり前だろうが。
「ねーねー、お庭にお花さいてるよぉ〜。」
「あ、ほんとだ。見にいこっか。」
外が見えるつくりになった回廊から、広いのに手入れが行き届いた庭園が目に入った。
軍事国家のいかめしさには似合わない美しい空間は、
訪れる人々はもちろん城内の人々にとっても憩いの場らしく、
訓練を終えて休憩しているらしい兵士も見受けられる。
「うわ〜、すごい匂いだな……あっちの方。」
「うひゃ〜、アレなんだっけ?バラ?」
“バラは品種によっては、人間でもむせそうなくらい香るからな。
お前たちはあんまり近くに居ない方が鑑賞できると思うぞ。”
風上から漂ってくる強い甘い匂いの主は、近寄ったらもっと濃いだろう。
鼻が敏感なプーレ達は、ルビーの勧め通り離れているのが賢明だ。
それなら素直に違う方に行こうと思って反対側を見ると、
水しぶきが涼しげな噴水が目に入った。
「あ、噴水だぁ〜。」
「あそんでイコー♪」
パササとエルンはさっそく近寄って、パシャパシャ手をつっこんで遊びだす。
町中の噴水でも場所によっては注意されるので、
ほほえましくてもあまり褒められたことではないが。
しかしもちろん二人はお構い無しに、盛大に水しぶきを立てて楽しそうだ。
「んー、やっぱ冷たくてサイコー♪」
「こらこら坊や達、噴水で遊んじゃダメだよ。」
案の定というべきか庭園を見張っている若い兵士に注意される。
「え〜、だめなのぉ?」
「そういう決まりなんだよ。
水がはねると、下の石畳が滑って危ないからね。
だから、おじさんのお願い聞いてくれるかな?」
いかつい装備に似合わない、子供の扱いを心得た物腰で優しく諭される。
エルンはともかくパササは渋い顔で少々うなっているが、
怒られるのは面倒なのか取りあえずやめた。
「チェ〜。」
「噴水ってあそんじゃいけないんだねー……意外。」
密かに暑い日に水浴びに使うものだと思っていたプーレとしては、
少々予想外だったようだ。
他に使い道があるとも思えないのだが。
“噴水は一応、観賞用みたいなものだからな……。”
ぼそっと、妙に疲れたような声の調子でルビーが教える。
子供のよくやることだという事は、石ながら知っているのだろうが、
石ゆえにやりたくなる心境までは理解不能なのかもしれない。
「しょうがないよな。ほら、もっと奥を見に行こう。」
「何かあるかナ?」
「木はあると思うよぉ〜。」
「そりゃ、いっぱい生えてるもんね……。」
綺麗に手入れされた木と草花で一杯の庭園は、どこもかしこも植物の影が切れることはない。
名前のプレートを読めば、今まで聞いた覚えのないものも多かった。
町中で見かけないものもあって首をかしげていると、
こういうものは輸入しているのだろうと、ルビーが注釈を入れてくれた。
王ともなればお金もあるから、歴代の王は自分の権力を誇示するという意味でも、
入手困難な植物を庭園の賑わいに加えるのである。
もっとも、手入れするほうは大変に違いないが。
「おいしい果物とかないかなぁ〜?」
「あのなあ、ここは食堂じゃないって……。」
アルセスが呆れているが、
食欲が服を着て歩いているようなエルンやパササには届いているのかどうか。
うっかりつまみ食いしないように見張らないと心配だ。
城の物を勝手に食べたら大変だろう。
そんな彼の心配をよそに、本当においしい果物でも探しているのか、
2人ともせわしなくあちこち見回している。
その上ちょろちょろうろつき回るものだから、
案の定というべきか歩いている人にぶつかってしまった。
「わっ!イテテ、ゴメンなさーい。」
「おーい気をつけろよ坊主……って、おわっ?!」
ぶつかって頭をさすりながら、パササはびっくりして大声が出た相手を見上げた。
頭にすっぽり被ってる兜の隙間から、相手の顔が見える。
そして、お互いに目を真ん丸くした。
『あーー!!!』
「何、パササどうし――ええーっ?!!」
後から追いかけてきたプーレも腰が抜けそうなほど驚く。
そして、後からやってきたエルンとも一緒になってこう叫んでしまう。
『ロビン?!』
「しーっ!大声で叫ぶなって!ここ、城ん中なんだぜ?!」
無意味に大声を張り上げるのは、城内ではご法度だ。
衛兵に怒られるとか、侍従に眉をしかめられる以前に常識の問題だ。
「あ〜、ごめんね。でも、何でこんなところにぃ?」
「いやー……それはちょっとここじゃ話せねーや。
用意してもらった客室があるから、そっちで話そうな。」
ここだとロビンが困るというので、
プーレ達は彼の提案にしたがってついていくことにした。


―客間―
ロビンに案内されてやってきた客間は、
馬鹿みたいに広いわけではなく、ちょうどいい広さのくつろぎやすい一室だ。
「やあ、早かったねロビン。
おや、プーレ達じゃないか!久しぶりだね。」
「あれ?えーっと……??」
部屋に居た紫がかった黒髪と軽鎧の青年に親しげに声をかけられるが、
見覚えがない人物なので揃って首をかしげる。
「ああ、ごめんね。ちょっと今の格好じゃ分からなかったね。
くろっちだよ。覚えてるかい?」
『えーっ?!』
この、失礼ながらロビンと比べるとより女性にもてそうな風貌の青年が、
かつて世話になっていたロビンの相棒の黒チョコボとは、にわかに信じがたい。
チョコボ姿と人間姿では、喋った時の雰囲気位しか共通するものがないから、
その戸惑いも仕方がない事だ。
「でも、何でそんなかっこなの?」
「今の仕事の都合でね。
でも、今の仕事に就くまでのことを話すとちょっと長くなるかな。
とにかく、せっかくだから座りなよ。」
『はーい。』
異口同音に子供3人が返事をして、椅子やベッドの上に座り込んだ。
「あっ、えーっと……おれだけはじめましてなんだよな。
おれ、フェストアルセスって言います。」
「こちらこそ初めまして。僕はくろっち。
本名は別にあるけど、通称の方で呼んでくれるかな?」
「えっ、本名ってあったノ?!」
てっきりロビンがつけた名前しかないと思っていたので、パササが目を真ん丸くして声を上げた。
横の2人もびっくりしている様子だ。
「うん。クーヴァ=ドルファーンっていうんだ。
トロイアの方にある群だよ。」
「そっち出身か〜。トロイアっていい所かな?」
「小さい頃しかいなかったけど、いいところだよ。」
小さい頃と彼が言うのがいつ頃かは不明だが、多く見積もっても3,4年ほど前のことだろう。
今では渡航禁止だから、案内してもらうことも叶わないのが残念だ。
「いいな〜、行ってみたかったな〜……。」
“そのうち行けるようになるといいんだが……。
ところで、いつこっちに?”
「今日着いたばっかりなんだよ。ま、これも仕事だけどな。」
「仕事ってさっきくろっちお兄ちゃんも言ったけど、一体何のお仕事してるの?」
ロビンも仕事と口にするが、その仕事とやらは一体何なのだろう。
最初に会った頃は、国を出て行く羽目になったというようなことを言っていたので、
どこかにまた雇ってもらったか何かしているはずなのだが。
「この前は無職だったのにネー。」
「無職って言うなー!ま、再雇用には山あり谷ありだったけどな。
お前ら、寝ないって約束するか?」
『するー!』
「あ、おれももちろん、ちゃんと聞くけど。」
「よーし。いやー、あれは海に落っこちてからだったな……。」




「いてて……ん?何だここ……揺れてんな。」
「(船だよ、ロビン。)」
状況が把握できずにいる相棒に、くろっちが声をかけた。
彼の言葉に、ロビンは少々耳を疑う。
「船ぇっ?!おれ、落っこちたはずだろ?!」
「(通りがかった船に助けてもらったんだよ。)」
「マジか?おれもついてんな〜。あ……でも、あいつらは?!」
あの状況で助けを得られたというのは、滅多にない幸運だろう。
「(ごめん。君を早く助けないとと思って、僕が飛び込んだ後は……分からない。)」
「そっか……無事だといいけどな。
そうだ、お礼言いに行かないとだ。なぁ、助けてくれた人はどこだ?」
「(まだ寝ていなよ。結構長く流されたんだからね。
僕が伝えに行くから。)」
「お、おう。悪いな。」
「(起きた拍子に転ばれても困るからね。)」
「転ぶかー!」
去り際の辛口コメントに、ロビンは間髪入れずに抗議の声を上げた。
起き抜け早々に、何とも辛らつなコメントをしてくれることだ。
「あー……それにしてもおれ、悪運強いよなー。
落ちて終わったーって思ったけどな。」
起き出したらくろっちが苦い顔をしそうだが、自分の感覚としては何ともなさそうなので、
ゆっくり起き上がって体を伸ばしてみる。
ずっと寝ていたせいか、少しこっているがそれくらいのようだ。
「はー……ガキ共が気になるぜ。」
あの夜の海で、操舵手が居なくなった船は無事だったのだろうか。
ちょっとやそっとではくたばりそうにないメンツとは言え、心配はする。
何しろ、奇襲を食らった状況だったのだから。
「一番に脱落とか、おれ滅茶苦茶ダッセ〜……。」
一番踏ん張らないといけない時に、敵の攻撃で脱落とは情けない。
悔やんでも仕方ないのだが、思い返すと悔しくて仕方ないのは人情だ。
もう一度チャンスがあったら、今度こそ見返してやるくらいしかやりようがないにしてもである。
そんな調子で後悔していると、くろっちともう一人が歩く音が聞こえてきた。
連れて戻ってきたらしい。ロビンは慌ててベッドの縁に腰掛けて姿勢を正す。
「(ロビン、こちらが船長さんだよ。)」
「あっ、どーも……って、えええーーっ?!」
軽く会釈しかけた瞬間、ロビンは腰を抜かしそうになった。
船長だとくろっちが紹介したのは、どこからどう見てもモンスター。
見た目で判断すれば、筋骨隆々の毛深い獣人系と言ったところだろうか。
何にせよ、起き抜けには少々サプライズが過ぎるお方のようだ。
「(ロビン、失礼だよ!ああ、どうも失礼してすみません。)」
「ははは、お気になさらず。異種族をいきなり見たら、皆さんこんなもんですよ。」
ロビンを叱りつけた後頭を下げるくろっちに、朗らかに船長が答えた。
見かけによらず、かなり落ち着きがあるようだ。
話が分かりそうな相手だと分かったからか、ロビンにも余裕が出る。
「い、いやいや。恩人に失礼しまして、申し訳ないです。
あ、失礼ついでにお聞きしますけども、この船の所属は?」
「ヴィボドーラ帝国の軍です。耳慣れないでしょう?」
「あ〜……ははは、恥ずかしながら、その通りです。」
「知らなくて当然ですよ。我が国はまだ開国してません。」
「ん、開国してないと言いますと?」
ロビンが知る限り、どことも交流を持たない国は、忍者の国エブラーナだけだ。
そもそも、ヴィボドーラという国自体聞いたことがない。
「我が国は事情がありまして、今は少し世間の目に触れにくい状態なのです。」
「はぁ……何だか難しい話みたいですねえ。」
鎖国しているのだから、確かに相手の言うとおりに違いないが、
わざわざ回りくどい言い方をするとロビンは思った。
「(ここでは話しにくいことなんだそうだ。)」
「話しにくいって……?」
耳打ちしてきたくろっちも、まだその辺りの話は聞いていないらしい。
ここは海の上の密室のようなものなのに、
それでも話せないということは内々にしか明かせないことなのだろうか。
「本国の命令のことで、少々というわけです。お気を悪くしないで下さい。」
首をひねるロビンを見て、てっきり気を悪くしたと思ったのだろう。
すぐに船長は頭を下げた。これにはロビンの方が恐縮してしまう。
「あっ、いやちょっと不思議だっただけなんで、
こちらこそ気にしないでいいですって!
国の命令ならしょうがないですよ。」
ロビンも元軍人だ。種族は違えど、軍に事情なら想像はつく。
例え相手に不親切になっても、勝手な行動は取れないのだから仕方ない。
「ところで、あなたに折り入ってお願いをしてもいいでしょうか?」
「え?あ、おれにできることなら……。」
「あなたは今お見受けしたところ、チョコボと話が出来ますし、
見るからに同族でない私と普通に話も出来る。
それを見込んで、私の上官と会っていただきたい。」
「おれの特技が、何か使えるとか?」
「ええ。」
上官に会うと言う事は、本国に連れて行くということで間違いないだろう。
自分の動物と話す力をどう見ても獣人の船長が、
どんな方に役立てたいと思っているのか、まずはきちんと話を聞くことにした。



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銀の風よりさらに遅れてようやく完成。
ロビンの漂流記もどきは次回も続きます。
冷静に考えると彼が流されていた頃(FF4本編中)はヴィボドーラのある大陸は隠れていた設定なのに、
何故軍艦がうろうろしてるんだという気がしそうです。
一応次で説明をきちんと入れますが。